ハワイ島のチャーターならガイド歴24年、キラウエアを知り尽くした和田タイチョーにおまかせ!ハワイ島探検隊の「和田探検隊日誌」

和田タイチョーの日々を綴る和田探検隊日誌

2012年3月30日 (金)

和田タイチョーのお友達のドルフィンスイムツアー

皆さんこんにちは。

和田タイチョーのお友達が野生のイルカと泳ぐツアーをやっていて、お客様に勧められるかどうか体験しに行ってきました。

Aloha Kona Tours という会社で、陸のチャーターツアーと海のイルカとマンタのツアーをやっています。Aloha Kona Tours の特徴は送迎、船のキャプテン、スイムガイド全て日本人だということです。

他の日本語のイルカのツアーは送迎、スイムガイドは日本人でもボートを所有していないので、他のツアー(英語のツアーも日本語のツアーも)と混載で一隻の船に乗り合います。Aloha Kona Tours は自社でボートを所有しているので、他の会社のツアーと乗り合いではありません。コストはかかりますが、キャプテンもガイドも同じ会社で日本人なので、お客様の要望に的確に対応が可能です。(※夜のマンタツアーは乗り合いになります)

出発の港はコナの北にあるホノコハウハーバーです。コナ地区、サウスコハラ地区からは送迎付きのツアーも行っています。水着を予め服の下に着ておいて集合場所に来てください。ウェットスーツやシュノーケルなどは全て貸してくれます。もちろん自分の使い慣れたものを使いたい場合は自分のものを持っていってもOKです。船酔いが心配な方は、出航の1時間前位に酔い止めを飲んでおきましょう。ジンジャーがすごく利きますので、ジンジャーキャンディーなどを持ってくるのも良いでしょう。いよいよウェットスーツを着て出航です。

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帽子をかぶっているのがキャプテンでオーナーの縄田幸一郎君。そして手前の怪しいタオルを巻いた人物は私の妻のお父さんです。アワビを捕り終えた海女さんのような、脱北者のような・・・とても可愛いイルカと泳ぐためにボートに乗っているようには見えません。

この日は近くにイルカがいなかったため、はるばる空港を超え、フアラライリゾートを超え、キホロの近くまで行きました。キャプテンは今日は遠くなっちゃってスミマセンと謝ってましたが、こちらは遠くまでクルーズできてラッキーでした。海もメチャメチャきれい!!本当にハワイ島の海は透明度が高く抜けるような青です。

クジラも潮を吹いてましたし、海から観るコーストラインも本当にきれい。
キホロ近くでイルカの群れがいました。100頭程でしょうか。ハワイ島で最も多く観られるイルカはSpinner Dolphin という少し小型のイルカで、日本語ではハシナガイルカといいます。英名がスピナーというだけあって宙返りをしたり派手なアクションで我々を魅了します。

この日はわりと速いスピードで泳いでいたため、イルカを待ち海に飛び込みイルカの群れが通過していくという感じでした。何度かそれを繰り返し、何度もイルカと泳ぎます。

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とにかくたくさんのイルカちゃんと泳げます。私は陸から何度かイルカの所まで泳いで遊んだ事がありますが、陸から行くと大変なんですよね。結果的に2km位泳ぐことが多いので。でも、ボートで行くと楽ちんでした。

おまけにマンタちゃんも来てくれました。大きな口を開けてプランクトンが多い潮目のような場所にいました。
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とにかく楽しい一日でした。
興味のあるい方は下のリンクから申し込めます。また面倒な方は和田タイチョーにメールしていただいてもOKです。

野生のイルカと泳ぐツアーはこちら

これは日本のお客様にもお勧めできます。料金は送迎付きで大人$175、子供$140です。
また何か楽しいことがあったらお伝えします。Aloha~!

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2012年2月13日 (月)

和田タイチョーの最近のスナップ

今日はここ3ヶ月位の間に撮ったハワイ島のスナップショットの一部を掲載します。今までの私のブログは、説明を書きその下に写真を貼ってきましたが、どうもしっくり来ないので今回から逆にしようと思います。写真の下に説明を書きます。

※写真は全てクリックすると大きくなります。

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Honaunauで頑張っているモンキーポッドツリーの根。下はすぐに固い溶岩のため、深く根を張ることが出来ないので、必死に横に根を這わせ、太くなり倒れないように踏ん張っています。大雨などで地盤が緩み強風が吹くと簡単に倒れてしまう可能性があります。

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ココヤシはポリネシア人が始めて渡来した時の最も古い外来種のひとつ。ココナツはジュースやココナツミルクなど、赤道を越える長い航海で命をつなぐ大切な水筒でもありました。葉は編みこみゴザやシートになり、実の繊維は船の修理にも使える丈夫なロープになったり、捨てるところが無いほど役に立つ植物でした。今ではハワイの風景に欠かせない小道具ともなっています。

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神様たち。神という絶対的な存在が希薄になってしまった日本。誰も見てないから平気で悪い事をする。本当に罰当たりな事件が毎日起きています。誰も見て無くても神様だけはお見通しという考えを持ってほしいものです。

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ドンキーボールズストアーのマスコット猫ちゃん。可愛いけど寝顔は不細工でした。半目で口開けて・・・人間だと異性にはかなり引かれるタイプ。この店はチョコレートカバーのマックナッツやコーヒーなどお土産にも人気です。

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1932年建築のアロハシアター。劇場王Tanimotoさんが4件作った映画館の一つで、今だ現役バリバリです。ホノカアのピープルズシアターと2軒が現役ですね。これからも残してほしいですね。(オーナーは替わっています)

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軒下に咲いていたブルージンジャー。この色大好きです。

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マウナラニリゾートのポンドとヤシの木。あのリゾートはやっぱり特別です。何かが違う。さすが世界三大パワースポット!癒されます。

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朝のサドルロードは空気もひんやりして澄み切っています。本当に気持ちいい!

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サドル名物ローラーコースターロード。今年からいよいよコナ側の工事が始まりました。このおもろい道とは別に、きれいなハイウェイを作り始めました。ハイウェイが完成したらヒロ~コナがぐっと近くなります。でも、なぜかこちらを通りたくなるのは私だけでしょうか?好きだなぁ~この道、この景色。背後には大好きなマウナロア山。

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野生のヤギの群れ。大型肉食獣のいないハワイ島は、ヤギが増えすぎ草を食べつくし土砂崩れの原因になったり、固有種の絶滅が心配されたりしています。数をコントロールしないといけませんが増え続けています。

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マウナロアの溶岩とマウナケア。サドルはこの二つの4000m級の山の裾野が折り重なる場所を走ります。絶景です!

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こちらがマウナロア。裾野の長さは120km、標高4170m。山腹3400m付近にアメリカ海洋大気圏局(海洋気象局ともいう)大気観測所があります。二酸化炭素をはじめ CH4(メタン)、O3(オゾン)、CFCs(クロロフルオロカーボン/一般的にはフロンガス)、SO2(二酸化硫黄)などの観測を行っています。

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チャイニーズバニアンの歩き出しそうな不思議な姿。

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バニアンツリーは多くの場合実を食べた鳥が他の木の枝に止まり糞をして、その中から発芽しし成長します。根を幹伝いに伸ばし次々と地面にたどり着き、地表に出ている部分を幹へと変化させ、元の木を多い尽くしていきます。自らを支えられるようになれば元の木は必要なくなり絞め殺してしまいます。大きく成長したバニアンツリーは幹の束の中は空洞になっている事が多いのは、元の木が朽ち果てて消え去った跡です。共生ではなく乗っ取り屋的な生き方で、薄暗いジャングル林床部を避けて日当たりの良い林冠部付近から成長するというシード権を手に入れたわけです。この木に取り付かれたらゆっくりと死を待つのみです。

続きはまた後日。 Aloha~!

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2011年11月13日 (日)

1801年の溶岩流を火口まで登ってみました

皆さんこんばんは。

ハワイ島に来たことがある方は見たことがあると方が多いと思いますが、コナ空港からHWY11を北上するとすぐに真っ黒なパホエホエ溶岩地帯になります。この溶岩流は1801年のフアラライ火山の噴火で流れてきたものです。日本では享和元年、江戸幕府11代将軍 徳川家斉の時代です。

それ以来何度か地震が頻発し噴火するかも!と騒がれた事もありますが、結局現在まで噴火していません。しかし、必ず再び100%噴火する火山と言われています。フアラライが噴火した場合、山腹には多くの住宅や農園、海沿いにはコナの町や空港、フアラライリゾートなどもありますので、キラウエアより被害が出る要注意火山です。ちなみにタイチョーの家もフアラライ山麓です。

日頃からこのラバチューブどこまで続いているんだろ?とか火口はどうなっているのだろう?など非常に興味がありました。という事で行ってきました。

ハイウェイ脇に車を停め、バックパックを背負い、双眼鏡を肩に掛け12:25出発です。写真はクリックすると大きくなります。
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上の写真はハイウェイ沿いに口を開いた洞窟です。崩落が激しく、とても中に入る勇気はありません。上部を歩く時も気を付けなくてはいけません。下の写真のように上部はそこに溶岩洞窟があるとは思えない事が多いです。
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いたるところにスカイライト(洞窟の一部が崩落した穴)が点在します。
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下の写真を見ると天井が崩落してできたという事が良くわかりますね。
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下の写真はもはやスカイライト(天窓)というレベルではありません。もしかすると溶岩の川の表面中心部まで完全に固まらず、完全な溶岩洞窟になれずに川の両岸付近の天井が崩落したのかもしれません。
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固まった210年前のパホエホエ溶岩がこんなに酸化しているのは、おそらく固まった後に1000℃を超えるような高温に長時間さらされたためと思われます。
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スカイライトの下にはノニが生えていました。さすが生命力がありますね。ハワイ島ではノニジュースは一般家庭でも作る方も多いです。
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歩いていると小さな砂利のように見える白やグレイの粒粒が無数に落ちています。一見小石ですが実はヤギの糞が乾燥したものです。これがこの辺りに少しではありますが土を生み出しました。きっと分解しづらいセルロースなどの不溶性の物質を程よく分解しているので良いのかもしれませんね。
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これだけ糞があればいっぱい住んでいるという事ですね。ならばその分死んでいるという事。あちらこちらにヤギの白骨が落ちています。
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これがヤギの餌の一つです。アフリカ、中東、アジアと広範囲に生息します。アフリカのサバンナに多いC4植物ですから、この雨の少ない環境では本領発揮しますね。30分ほど上ると少しだけ雨が増えるようでハイウェイ脇より青々していました。
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もっとも、ここ最近空港から北の雨が少ない地域に頻繁にわか雨が降りましたから、そのせいもあるかもしれません。

約1km歩くと送電線の保守用のサービスロードがありました。
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1時間ほど歩くと大きな溶岩チャンネルが出てきました。1本ではなく、数本に枝分かれしているようです。ここを大量の溶岩が川となり流れたのです。写真ではわかりにくいですがけっこう大きいです。アア溶岩が固まっている上に両岸の天井が崩落していました。
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1時間半ぐらい歩いてくるとヤギがメチャメチャ多くなります。昼間から子作りに励む自由なカップルに出くわしました。近所では子供もたくさんいましたがおかまいなしです。双眼鏡越しに撮ったのでぶれてますが。
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14:13 噴火口がだいぶ近くなってきました。といってもまだ遠いですけど。
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一度固まった溶岩が最融解したもので、溶岩鍾乳と言います。やはりかなりの高温にさらされたんですね。
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一部残った天井にラバボールが乗り上げています。流れていた時を想像するとワクワクします。
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いやぁ~このハイキングかなり面白い。知識の無い案内人と来てしまったら、単調だと思ってしまい退屈なハイクになるかもしれませんが、なかなかキラウエアでも簡単に見られないものもあります。

歩き始めて約2時間半。コンパクトデジカメで火口がこの位に写る所まで来ました。ここから傾斜がきつくなります。最後の難関です。
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日本庭園にありそうな薄い橋のように残った天井。コントラストが無いので写真だとわかりにくいですね。
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その上でセルフタイマーでパチリ。ちょと痩せないと怖いかも。
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やっと噴火口のプウを上り火口底に下りました。これって割れ目噴火だったのか・・・
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上の写真はやはり大きさがわかりにくいと思いますが、見上げればこんな感じです。
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そしてついに火口の淵に到達。この写真は15:20でした。いやぁ~いつの間にか標高495mを指していました。今回のハイキングは標高差420mでした。
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ここに美味しそうな(ヤギにとって)草がけっこう生えていて、ヤギの糞がいっぱい!ハエが多いので休憩はプウを降りてからにします。でも眺めがいいです。

行きは写真を撮ったり、いろいろ観に行ったり、FaceBookなんかもしながらだったので時間かかりましたが、帰りは少し急がないと日没です。3時間かかりましたが、2時間位で戻れそうです。

休憩をとり、トレイルミックスを食べ、水とビタミンCたっぷり入った小さなボトルの飲み物を飲みました。いやぁ~溶岩の上を3時間歩くと疲れます。でも少し回復しました。

帰りにこんなの見つけました。
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スカイライトに溶岩が流れ込み、滝のように垂れながら固まったようです。自然って面白い。

車に帰り着いたのは17:25頃。5時間のハイキングでした。帰りは1時間半でした。それにしても溶岩を5時間歩くとかなり疲れます。家に帰りジェットバスとマッサージチェアーで元気になりましたが、このブログでどっと疲れ、元気消失です。明日は早いのでショートスリーパーの私ですが午後から昼寝します。あ~眠い。お休みなさい。Aloha~!

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2011年9月25日 (日)

後藤 潤さんの墓参り

今日はIsland Dreams さんの依頼で、ワイピオ渓谷の乗馬ツアーの送迎をしてきました。朝6時から1時間かけて和田タイチョー号をきれいにして、7時半にコナのホテルでお客様をピックアップ。

9時半過ぎから12時頃までスタンバイなので、とりあえず朝食を食べにTex Drive In に行き、シュリンプバーガーとソーダをコッテリ食べてしまいました。気持ち的には味噌汁とサバの塩焼きを食べたかったのに、なぜこうなったのか自分の行動が理解できませんでしたが、とりあえずメチャうまかったです。

その後、以前から一度行ってみたかったHamakua Jodo Mission に車を走らせました。アイナヌイの車の保険のエージェントが日系の血が入った人で、ここにぜひ行って欲しいと言われていました。 ホノカアで無残に殺害され、さらし者にされた Katsu Goto の墓があるのでどうしても行ってみたかったのです。

後藤潤さんは1862年、文久2年生まれで、1885年に政府間同士の取り決めで行われた官約移民でハワイに農業移民として渡って来ました。当時の日本人は英語が話せないため、非常に不利な条件で雇われていました。そんな中、後藤潤さんは珍しく英語が堪能でした。農園との3年満期の契約が終了後、自分のグロッサリーストアーをオープンしましたが、ライバル店の白人の店主から妬まれ、更には日本人の労働条件の向上を目指し、皆の代弁者となり白人の農園主たちと交渉をしていたため、白人達からは邪魔な存在となりました。店主と農園主の思惑が一致し、ついに後藤潤さんは電柱に縛り上げられ、無残な状態で死んでいるのが発見されました。「俺達に逆らうとこうなるぞ」という事でしょう。

その後逮捕された犯人達は裁判を受けましたが、人の命が奪われた重大な事件とは思えない軽い刑期で収監されましたが、脱獄や恩赦でほとんどの連中はほぼ無罪放免。本当にひどい時代を生きなければならなかった日系一世たち。その後二世も日系二世部隊を編成し、ヨーロッパ戦線で捨て駒として命を落としていきます。

そんなひどい待遇の中、日系人たちは誇り高く犯罪に手を染めることなく、ひたむきに生き抜き、自力で現在のような不動の地位をハワイ、アメリカで確立しました。日系人がもし、不当な扱いに自暴自棄になり、犯罪に手を染めていたら・・・・

日系の未来は無くなっていたはずです。私達後に続く日本人移民がハワイで受ける恩恵は計り知れません。家を借りる時にも日本人だからあなたに貸すという言葉を何度も聴きました。差別よりも恩恵の方が多いと感じます。

日本人観光客もAloha~と言われ、歓迎され気持ちよく過ごすことができます。私は以前L.A. に住んでいましたが、普段はともかく、何かあると理不尽な差別を受けたことが何度もありました。その時の日本からのお客さんの曇った表情や、怒った顔は忘れません。

今の二世のおじいちゃんやおばあちゃんはいつも笑顔で接してくれますが、過去には大変な苦労をしてきたんだなと思うと力いっぱい抱きしめてあげたくなります。全ての日系人への感謝の気持ちを胸にお寺に向かいました。

緑の中にお寺がひっそりと建っていました。
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建物の裏手にたくさんのお墓が並んでいます。
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そんな中、ひときわ目立つお墓があり、近づくと後藤潤さんのお墓でした。手を合わせ心から冥福を祈りました。お墓には松葉が落ちていたので、すべて払いきれいにし、隣にもお墓が3つほど並んでいたので、そのお墓もきれいにしてきました。
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iPadで撮った写真で、手振れして写りが悪くてすみません。
27歳という若さで無残にリンチで殺された無念を思うと涙が出ます。私はこれからもツアーのお客様に、日系人の魂を伝えていきます。今の我々はこの人たちのおかげで成り立っています。同時に今の我々の行動は、未来の人々の暮らしに大きく影響します。過去を生きた先輩達、そして未来の人たちに恥ずかしい生き方はできません。肝に銘じて生きていこうと改めて思いました。

墓参りは本当に大切です。過去の反省と感謝、未来への道筋を示してくれます。皆さんもご先祖様のお墓参りに行きましょう。お盆やお彼岸じゃなくてもかまいません。いつ行ってもいいのです。何度行ってもいいのです。

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